カナエ × ミサコのよりみち

『人間失格』

カナエミサコ

きょうの寄り道

笑わせたい。でも、これは笑わないで。太宰治『人間失格』「第二の手記」をもとにした紹介対話。カナエが、周囲を笑わせる葉蔵が本気の自画像まで冗談として笑われることを恐れる場面に着目し、ミサコと「本気を見せる怖さ」を話す。演技を見抜かれて怖かった竹一が、安心して絵を見せられる相手になる関係の変化へつなげる。高校生男子を含む、周囲に見せるキャラと本心のずれを感じる読者への共感の入口を探る、カナエ主体の対話。

📖 本文の手がかり

手がかり 1

「をもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、表現のよろこびにひたっている、つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、自画像の制作に取りかかってみました。  自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上りました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。自分のお道化の底の陰惨を見破られ、急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、また、これを自分の正体とも気づかず、やっぱり新趣向のお道化と見なされ、大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、それは何よりもつらい事でしたので、その絵はすぐに押入れの奥深くしまい込みました。  また、学校の図画の時間にも、自分はあの「お化け式手法」は秘めて、いままでどおりの美しいものを美しく画く式の凡庸なタッチで画いていました。  自分は竹一にだけは、前から自分の傷み易い神経を平気で見せていましたし、こんどの自画像も安心して竹一に見せ、たいへんほめられ、さらに二枚三枚と、お化けの絵を画きつづけ、竹一からもう一つの、 「お前は、偉い絵画きになる」  という予言を得たのでした。  惚れられるという予言と、偉い絵画きになるという予言と、この二つの予言を馬鹿の竹一に依って額に刻印せられて、やがて、自分は東京へ出て来ました。  自分は、美術学校にはいりたかったのですが、父は、前から自分を」
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「をもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、表現のよろこびにひたっている、つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、自画像の制作に取りかかってみました。  自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上りました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。自分のお道化の底の陰惨を見破られ、急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、また、これを自分の正体とも気づかず、やっぱり新趣向のお道化と見なされ、大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、それは何よりもつらい事でしたので、その絵はすぐに押入れの奥深くしまい込みました。  また、学校の図画の時間にも、自分はあの「お化け式手法」は秘めて、いままでどおりの美しいものを美しく画く式の凡庸なタッチで画いていました。  自分は竹一にだけは、前から自分の傷み易い神経を平気で見せていましたし、こんどの自画像も安心して竹一に見せ、たいへんほめられ、さらに二枚三枚と、お化けの絵を画きつづけ、竹一からもう一つの、 「お前は、偉い絵画きになる」  という予言を得たのでした。  惚れられるという予言と、偉い絵画きになるという予言と、この二つの予言を馬鹿の竹一に依って額に刻印せられて、やがて、自分は東京へ出て来ました。  自分は、美術学校にはいりたかったのですが、父は、前から自分を」
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手がかり 2

「かなりの成功を収めたのです。それほどの曲者(くせもの)が、他郷に出て、万が一にも演じ損ねるなどという事は無いわけでした。  自分の人間恐怖は、それは以前にまさるとも劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動(ぜんどう)していましたが、しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も、このクラスは大庭さえいないと、とてもいいクラスなんだが、と言葉では嘆じながら、手で口を覆って笑っていました。自分は、あの雷の如き蛮声を張り上げる配属将校をさえ、実に容易に噴き出させる事が出来たのです。  もはや、自分の正体を完全に隠蔽(いんぺい)し得たのではあるまいか、とほっとしかけた矢先に、自分は実に意外にも背後から突き刺されました。それは、背後から突き刺す男のごたぶんにもれず、クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、そうしてたしかに父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の袖みたいに長すぎる上衣(うわぎ)を着て、学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。自分もさすがに、その生徒にさえ警戒する必要は認めていなかったのでした。  その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁(ささや)きました。 「ワザ。ワザ」  自分は震撼(しんかん)しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。  それからの日々の、自分の不安と恐怖。  表面は相変らず哀しいお道化を演じて皆を笑わせていましたが、ふっと思わず重苦しい溜息(ためいき)が出て、何をしたってすべて竹一に木っ葉みじんに見破られていて、そうしてあれは、そのうちにきっと誰かれとなく、それを言いふらして歩くに違いないのだ、と考えると、額にじっとり油汗がわいて来て、狂人みたいに妙な眼つきで、あたりをキョロキョロむなしく見廻したりしました。できる事なら、朝、昼、晩、四六時中、竹一の傍(そば)から離れず彼が秘密を口走らないように監視していたい気持でした。そうして、自分が、彼にまつわりついている間に、自分のお道化は、所謂「ワザ」では無くて、ほんものであったというよう思い込ま」

カナエ × ミサコの話

2人の感じ方です。本文に戻って、たしかめながら読んでみてね。

カナエカナエ
ねえ、いつもふざけてる人が、本気で描いた絵を見せてきたら、どうする?
ミサコミサコ
えっ、普段とのギャップ! それはちょっと、好きになるかも。
カナエカナエ
恋の相談じゃない。『人間失格』を読んでて、気になったの。
ミサコミサコ
そっち!? 誰が絵を描くの?
カナエカナエ
主人公の葉蔵。教室では、生徒も先生も笑わせてる。でも、本当は人が怖くて、素の自分を隠してるんだよね。
ミサコミサコ
周りから見たら、面白くて、みんなとうまくやってる人なのに?
カナエカナエ
うん。それで、自分の暗い内面を描いた自画像は、押入れにしまっちゃう。
ミサコミサコ
いつもと違いすぎて、見せるのが恥ずかしかった?
カナエカナエ
警戒されるのも嫌だったみたい。でも、それ以上に怖いのが、その絵まで、いつもの冗談だと思われて笑われること。
ミサコミサコ
……ああ。こっちは本気なのに、『また変なことやってる』って。
カナエカナエ
そう。笑わせるのは得意なのに、本気は笑われたくない。私、ここで葉蔵が急に近く感じたんだよね。
ミサコミサコ
絵とか見せるとき、先に『適当に描いただけだから!』って言っちゃう感じは、ちょっとわかる。本当は、めちゃくちゃ時間かけてても。
カナエカナエ
そういう怖さに重ねて読めそう。葉蔵は、この絵こそ自分の正体だって感じてるから、なおさらなのかも。
ミサコミサコ
それを笑われたら、『絵が変だっただけ』じゃ済まないもんね。……でも、誰にも見てもらえないのも、寂しいな。
カナエカナエ
一人だけいるんだよ。安心して見せられた相手が。同級生の竹一。
ミサコミサコ
いるんだ! よし、その人、推します。
カナエカナエ
決めるの早い。実は最初、葉蔵は竹一をすごく怖がってた。
ミサコミサコ
えっ。安心できる人の話じゃなかった?
カナエカナエ
葉蔵が鉄棒でわざと失敗して、みんなを笑わせたときにね。竹一だけが、背中をつついて『ワザ。ワザ』って。
ミサコミサコ
うわ。みんなにはウケたのに、一人には、わざとだってばれた。
カナエカナエ
葉蔵は、それを言いふらされるんじゃないかって怯える。でも後には、その竹一に本気の自画像を見せて、すごくほめられるんだよ。
ミサコミサコ
笑いを取ろうとしたときは見抜かれて、本気で描いたときは、ほめてもらえるんだ。
カナエカナエ
うん。そうしたら葉蔵、また二枚、三枚と描いてる。
ミサコミサコ
……そこ、いいな。『わかってもらえた』って説明されるより、次の絵を描けたんだ、っていうのが。
カナエカナエ
最初は、正体を見破られたら困る相手だったのにね。この絵の場面では、隠さなくてもいい相手になってるように読めた。
ミサコミサコ
その間に何があったのか、読みたい。葉蔵が、竹一には見せてみようって思えるまでのところ。
カナエカナエ
私も、その二人を追って読み返したくなった。『人間失格』っていう題名からは、こういう絵のやり取りが気になるとは思わなかったな。
ミサコミサコ
さっきはギャップがいいとか言ったけど……本気の絵を見せてくれたら、ちゃんと見たい。すぐ騒がないで。
カナエカナエ
『推します!』も、いったん待つ?
ミサコミサコ
待つ。ちゃんと見てから、本気で言う。
カナエカナエ
そこは隠さないんだね。

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『人間失格』

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