カナエ × ミサコのよりみち

『銀河鉄道の夜』

カナエミサコ

きょうの寄り道

もう一度、友だちになれた夜。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を、ジョバンニとカムパネルラの友情の距離から読む紹介対話。昔は一緒に本を読んでいたのに、最近はあまり話さなくなっていた二人。教室では、カムパネルラが答えを知りながら自分を気づかって黙ったのだとジョバンニが受け取り、銀河鉄道では二人きりの時間を取り戻したようにジョバンニが明るくなる。そして「どこまでも一緒に行こう」と願った直後、カムパネルラは消える。仲良し二人組の物語ではなく、「離れていた友だちと、もう一度近づけた夜」として読む入口。

📖 本文の手がかり

教室で見える二人の距離

「⟦青空文庫注記:3字下げ⟧一、午后(ごご)の授業⟦青空文庫注記:「一、午后の授業」は中見出し⟧ 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附(みつ)けたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢(いきおい)よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼(め)をカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指(さ)しました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙(なみだ)がいっぱいになりました。そうだ僕(ぼく)は知っていたのだ、勿論(もちろん)カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎(しょさい)から巨(おお)きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁(ページ)いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈(はず)もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天(あま)の川(がわ)がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利(じゃり)の粒(つぶ)にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油(しゆ)の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮(うか)んでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲(す)んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸(とつ)レンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあっ」
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「⟦青空文庫注記:3字下げ⟧一、午后(ごご)の授業⟦青空文庫注記:「一、午后の授業」は中見出し⟧ 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附(みつ)けたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢(いきおい)よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼(め)をカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指(さ)しました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙(なみだ)がいっぱいになりました。そうだ僕(ぼく)は知っていたのだ、勿論(もちろん)カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎(しょさい)から巨(おお)きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁(ページ)いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈(はず)もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天(あま)の川(がわ)がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利(じゃり)の粒(つぶ)にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油(しゆ)の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮(うか)んでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲(す)んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸(とつ)レンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあっ」
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銀河鉄道で取り戻す二人の時間

「。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤(ばん)の上に、一一の停車場や三角標(さんかくひょう)、泉水や森が、青や橙(だいだい)や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指(さ)しました。 「そうだ。おや、あの河原(かわら)は月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快(ゆかい)になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛(くちぶえ)を吹(ふ)きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼(め)の加減か、ちらちら紫(むらさき)いろのこまかな波をたてたり、虹(にじ)のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光(りんこう)の三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或(ある)いは三角形、或いは四辺形、あるいは電(いなずま)や鎖(くさり)の形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振(ふ)りました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫(ふる)えたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光(びこう)の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草(しばくさ)の中に、月長石ででも刻(きざ)まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍(おど)らせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧(わ)くように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 ⟦青空文庫注記:3字下げ⟧七、北十字とプリオシン海岸⟦青空文庫注記:「七、北十字とプリオシン海岸」は中見出し⟧ 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急(せ)きこんで云(い)いました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙(だいだい)いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸(さいわい)になる」

どこまでも一緒に行こう

「った電気栗鼠(りす)が可愛(かあい)い顔をその中からちらちらのぞいているだけでした。  そのときすうっと霧がはれかかりました。どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。それはしばらく線路に沿って進んでいました。そして二人がそのあかしの前を通って行くときはその小さな豆いろの火はちょうど挨拶(あいさつ)でもするようにぽかっと消え二人が過ぎて行くときまた点(つ)くのでした。  ふりかえって見るとさっきの十字架はすっかり小さくなってしまいほんとうにもうそのまま胸にも吊(つる)されそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚(なぎさ)にまだひざまずいているのかそれともどこか方角もわからないその天上へ行ったのかぼんやりして見分けられませんでした。  ジョバンニはああと深く息しました。 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸(さいわい)のためならば僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない。」 「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙(なみだ)がうかんでいました。 「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。 「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。 「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧(わ)くようにふうと息をしながら云いました。 「あ、あすこ石炭袋(ぶくろ)だよ。そらの孔(あな)だよ。」カムパネルラが少しそっちを避(さ)けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥(おく)に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。 「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」 「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄(にわ)かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫(さけ)びました。  ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむっているばかりどうしてもカムパネルラが云ったように思われませんでした。何とも云えずさびしい気がしてぼんやりそっちを見ていましたら向うの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕(うで)を組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。 「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯(こ)う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座(すわ)っていた席にもうカムパネルラの形は見えず」

ザネリを助けたカムパネルラ

「なのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉(いっせい)にジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査(じゅんさ)も出ていました。  ジョバンニは橋の袂(たもと)から飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際(みずぎわ)に沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜(からすうり)のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州(す)のようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押(お)してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附(みつ)からないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖(とが)ったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰(たれ)も一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨(おお)きく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或(ある)いはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄(にわ)かにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目(」

ジョバンニをからかうザネリ

「の夜」は中見出し⟧  ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、檜(ひのき)のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。  坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの影(かげ)ぼうしは、だんだん濃(こ)く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振(ふ)ったり、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。 (ぼくは立派な機関車だ。ここは勾配(こうばい)だから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り越(こ)す。そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た。) とジョバンニが思いながら、大股(おおまた)にその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新らしいえりの尖(とが)ったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路(こうじ)から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。 「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、 「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫(さけ)びました。  ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。 「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫び返しましたがもうザネリは向うのひばの植った家の中へはいっていました。 「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠(ねずみ)のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかなからだ。」  ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯(あかり)や木の枝(えだ)で、すっかりきれいに飾(かざ)られた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼(め)が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子(ガラス)の盤(ばん)に載(の)って星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。  ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。  」

カナエ × ミサコの話

2人の感じ方です。本文に戻って、たしかめながら読んでみてね。

カナエカナエ
最近、前ほど話さなくなった友だちって、いる?
ミサコミサコ
急だね。……まあ、いるけど。ケンカしたわけでもないのに、なんとなく話さなくなるやつ?
カナエカナエ
そう。『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラ、最初そんな感じなんだよね。昔はカムパネルラのお父さんの書斎で、二人で雑誌を読んでた。でも今は、ジョバンニ自身が「カムパネルラともあんまり物を云わないようになった」って感じてる。
ミサコミサコ
えっ。最初からずっと親友コンビじゃないんだ。仲が悪いわけじゃないけど、前みたいではない感じ?
カナエカナエ
うん。教室でジョバンニが先生に当てられて答えられなくなる。そのあと先生がカムパネルラを当てるんだけど、カムパネルラも答えない。
ミサコミサコ
カムパネルラも分からなかった?
カナエカナエ
ジョバンニは、違うと思ってる。カムパネルラは答えを知ってるけど、自分を気の毒がって、わざと答えなかったんじゃないかって。
ミサコミサコ
……最近あんまり話してなくても、「まだ自分のこと気にしてくれてる」って思えたんだ。
カナエカナエ
本当にカムパネルラがそう考えたかは分からないけどね。大事なのは、ジョバンニがそう受け取ったことだと思う。
ミサコミサコ
それで銀河鉄道では、また二人で話せるんだ。
カナエカナエ
うん。カムパネルラと地図を見たり窓の外を見たりして、ジョバンニは「はね上りたいくらい愉快」になる。りんどうの花を見つけたら、飛び下りて取ってまた飛び乗ろうか、なんて言うし。
ミサコミサコ
ジョバンニ、そんなこと言うんだ。町にいるときより、ずっと子どもっぽい。
カナエカナエ
私はそこが気になった。銀河鉄道って、ジョバンニにとって、久しぶりにカムパネルラと遊べた時間にも見える。
ミサコミサコ
じゃあ、冒険そのものより、二人の距離が戻っていく時間でもあるんだ。
カナエカナエ
そして、ほかの乗客がいなくなったあと、ジョバンニが言うの。「また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう」って。
ミサコミサコ
……最初の話を聞いたあとだと、全然違って聞こえる。ずっと仲良しだった二人じゃなくて、いったん離れてた相手と、やっとまた二人になれたんだ。
カナエカナエ
そう読めると思う。そのあと二人は「ほんとうのさいわい」について話して、ジョバンニはもう一度「僕たち一緒に行こうねえ」って言う。
ミサコミサコ
それで、ずっと一緒に行くんだよね。
カナエカナエ
ジョバンニもそう思ってる。でも振り返ると、カムパネルラが座っていた席には、もう誰もいない。
ミサコミサコ
……え。「どこまでも一緒に」って言ったばっかりなのに。
カナエカナエ
現実に戻ったジョバンニは川の事故を知る。ザネリが落ちたとき、カムパネルラがすぐ飛び込んで、ザネリを舟へ押して助けた。でも、そのあとカムパネルラは見えなくなった。
ミサコミサコ
ザネリって、ジョバンニに嫌なこと言ってた子だよね。その子を助けたんだ……。
カナエカナエ
うん。だから私、この二人を最初から「親友」と決めて読むより、少し離れていた二人として読みたいんだよね。
ミサコミサコ
その方がつらいね。せっかく、また近くなれたのに。
カナエカナエ
私は銀河鉄道の時間って、ジョバンニにとって、カムパネルラともう一度友だちになれた夜だったようにも読める。
ミサコミサコ
……じゃあ私、次に読むとき、銀河とか列車より先に二人の距離を見る。
カナエカナエ
それも、かなりいい寄り道だと思う。
ミサコミサコ
でも「どこまでも一緒に行こう」は、ちょっと覚悟して読む。
カナエカナエ
うん。たぶん、一回目より重く聞こえるから。

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『銀河鉄道の夜』

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